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あお

寝ぼけて更新

何故コスモス花を渡したのか


何が一番安定するのかわからないなにをしていても不安定 これ!っていうものが未だに見つからないテーブルの脚が一つないみたいな感じいっつもいっつも不安定みんなそうなの?みんなそーやって生きてるの?みんなそーやって毎日を送っているの?あおみたいに隠しているの?みんなの一番安定していられるところはどこ?あるの?

誰かに取られてからは遅いんだよって言われたお互いにお互いを取りにいかないのであればそれは失ってから気付く関係だねって それは悲しい事だよってその通りだなんて悲しい関係なんだでもさ今までも自分の『もの』にできた人は一人もいなかっただからそれを知っているからだからだからだから…きっと取りに行かないのかもしれないね、どうしても自分の『もの』にしたいからこそいかないのかもしれないね、

それはもう『不可能』なことだと知ってしまったから 好きとか嫌いとかそういうんじゃなくて好き=付き合うでもない あおのなかではそうなの必ずしも好きだから付き合うってことはイコールにならないそれはやっぱり自分の『もの』にできないことがどうしても納得出来ないのかもしれないでもねぇ誰かに取られてからでは本当に遅いからそれが嫌ならちゃんとちゃんと気持ちを伝えた方がいいと思うよそれはみんなに託します

そして今日はふと小学生の時の国語の時間の事を思い出したの

戦争に行く直前お父さんは何故子供に道端に生えた一輪のコスモスを取って渡したのか考えなさいっていう質問で


『このコスモスのようにどんな環境でも生き延びてほしいから』


って挙手して答えたら先生が一瞬静止して私の目を見てぼそっと


『……なるほど…』


って言った時の顔がとても印象的で

でも何故またこの日の事を今思い出したのかはわからないけどその時は何か私まずいこと言ったかな?って感じだったけど後からその先生に『あおちゃん感性がすごいね』って言ってもらえて やはりその時からあおの視点はどことなくみんなとは違う所を見ていてその時から孤独を味わっていたんだと  思い出した




思い出した